筆者には姉がひとりいます。
二人きょうだいなのです。
年齢はひとつしか違わないのですが、学年はふたつ違うのです。
姉を持つ弟というのは、どこか共通するものがあるのでしょうか。
いつもとは限りませんが、同性の男性をみていて、「この人にはひょっとして姉がいるのではないか」と直感して、あたることがあります。
同じ年齢でも、男より女性の方が精神年齢は高いわけですから、姉ともなると、なにげない所作をみていても、ずっと年上に見えてしまうのです。学校に通っている就学期間は特に、姉の動向のこまかな所作が気になっていました。姉がいる弟とは〈永遠に身内の年上の異性を仰ぎ見る〉存在であり、そのくびきから解放されることはないと思います。
長女にあたる女性は弟を守護する義務を感じていたり、生理的に弟をなにかと自分の視野に入れて加護していくことを自然に振る舞うひとがいます。ところが、弟としていつも姉を仰ぎ見ていた筆者が長じて、姉(長女)として生まれてきた人を、一人の女性として観察するようになると、違う発見をしてしまうのです。長女といっても、甘えたもいれば、あかんたれの性格の人もいることが分かるのです。長女だから、親に甘える環境ではないことを早々に悟り、年下の弟(たち)を親が加護する姿をじっと見ていたから、本当は甘えたいのに、今まで我慢してきたので、甘える対象やわがままを言う対象が目の前に現れると、俄然といままで溜まっていた諸欲求を、その対象者にぶつけることもあるのです。長女だからといって、そのロケーションだけで人格が出来ているのではないかというのは、弟である筆者の強い思い込みだったようです。長女でも、甘えるわ、すねるわ、いっときの感情に支配されて騒ぎだすわ、それをなだめるのに苦労するわ、で、筆者はたいへん苦労しております。これも弟として宿命づけられた苦労のひとつなのでありましようか。